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突然、自然エネルギーの歌をつくろうと思い立つ。
エネルギーって言葉は、私の歌には合わない気がして、
「エナジー」と言い換えてみる。

「エナジー」といえば、私世代には、
エドガー・ポーツネルなんですけどね…っていきなり言って、
わかる人はごく少数かな。
違う…その連想では、あやしい歌ができてしまうので、気をつけないと。

で、ピアノの前に座って3時間。
うーん、曲全体の世界観はなんとなく決まったんだけど、
細部が集約していかない。
こうして数日、ダラダラと弾き続けていると、
いつのまにか、部分部分が決まっていって、
言葉も削られ、メロディと調和したものが選ばれていって、
完成するというのが、私のいつもの曲のでき方。
「世界観」というのは何かというと、曲のイメージだったり、
空間だったり、音の色・温度だったり、手触りだったり、
まあ、5感全部でできている。
これが気持ちに沿っていないで、取ってつけた感とか、借り物感とか、
わざわざ、無理矢理つくってる感があると、
必ず途中で「なんかイヤ!」「違う!」「飽きた!」となるので、
また一からやり直し。

歌詞を書くときもこんな感じで、
「世界観」をざくっと書いて、あとは曲と同時進行で、
音ができるのといっしょに歌詞ができていく。
付け焼き刃のネタは、まずここまでたどりつかない。
その過程で「この言葉使いたい!」とこだわる言葉も淘汰される。
曲がほとんど出来たのに、一行だけできない、とかそういう時は、
ただただ延々とピアノに向かって引き続ける。
そのうちに、何かポトンと入る。
どうしても入らないときは、何か根源的な問題があるので、
もういちど全体を見直す。
曲づくりと同じで、このあたりで、
「イヤ!」「違う!」「飽きた!」となることも多いので、
なかなか、なかなか一曲が仕上がらない。
本当に効率が悪い。

さらにもう一段階関門がある。とりあえず出来た、とする。
さて、これは、人に聞いてもらうだけの品質が確保されているのか、
さらに、私自身が切実に歌いたいと思える何かが、
ちゃんと存在しているのか、という問題。
ここでお蔵入りで、忘れ去られ、消える曲も大多数。
あとで、メロディー、歌詞の一部が他の曲に移されて、
それでご臨終の場合も。

これまでつくってライブで歌っている曲は、
一応、このプロセスを生き延びた曲ということになる。
まあ、あくまで自分の価値観なので、人が聴いたら…。

さあ、今回はどうでしょう。自然エネルギーの曲はできるのか?
「世界観」までたどり着いたのは久しぶりなので、
仕上がればいいんだけど。

他のみんなはどうやって曲をつくっているんだろう。
そういえばあんまり聞いたことがない。
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心が痛くて、痛くて、たまらない日には、
ピアノに向かっていた。
子どもの頃から、そうだった。
逃げられるときは森や、動物達のところへ。
どこにも行けない時はピアノ、
音をだすことも出来ないときは、
ピアノのカバーの下に隠れた。
生き延びるために音楽が必要だった。

音楽をやっていないと健康ではいられない心と体であることを実感する。
今年に入ってからのピアノ・リハビリで、慢性だった肩こりや頭痛もとれてきた。

復帰ライブのことを考え始めている。
札幌で、2つほど、やってもいいよと言ってくれているライブハウスがある。
どちらも、そんなに頻繁にライブをやっている店ではないので、予定をいれてもらうのは難しくない。
そして、東京時代から、ずっと私を支えてくれている長澤さんが、
東京にきた時にいっしょにライブをやろうと言ってくれている。
近々、予定を入れる事になると思う。
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時々、精神的にとてもあやういなあ、と感じるときがあって、
そんな時、岡本おさみさんが書いてくれた文章を読み返す。

宮本 尚 CD「一本の樹のように」より

吉田たくろうの曲で、森進一が歌ったレコード大賞受賞曲「襟裳岬」や、「旅の宿」「落陽」など、最近ではネーネーズなどの曲を書いている、作詞家、岡本おさみ氏が、私が北海道に戻る前につくったCD「一本の樹のように」のライナーを書いてくれました。その一節をここに紹介します。

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宮本尚さんとのつきあいは、始まったばかりだ。

初めて会った時に、確か「ライク・ア・ローリングストーン」の話をちょっとして、その日の夜、いくつかの歌詞をもらった。それは、宮本さんのホームページ「NAO's SONG GARDEN」の「NAO's SONG BOOK 1」で公開されている歌詞とその自註で、家に帰る電車の中で読み始めた。

「一瞬の夏」について宮本さんは、ボブ・ディランの「見張り塔からずっと」や、ニール・ヤングの歌からのインスピレーション、アンゲロプロスの映画「霧の中の風景」やハンガリー生まれの小説家アゴタ・クリストフの「悪童日記」3部作のイメージもあると気付いた、と書いていた。そして、「かつて触れたいろいろなもののエッセンスが、時の中で、糸をつむぐようによりあわされて、ある日詩になり曲になる」と述懐している。私の音楽や読書体験とも重なって身近に感じた。

私には、気になったひとつのことばや、一行をとりだして、そこからあれこれ推測する習慣がある。「一瞬の夏」で、宮本さんは「見張り台」を馴染んできた風土から離れて「どこか、遠く、ここと違う場所へ、いつか行こう」という願望を縛り付けているものの比喩として使っている。ディランの場合は聖書にあることば「見張り塔」を隠れたもうひとつの意味として使っている気配があって、電車に揺られながら、二人の作者が使ったひとつのことばを思いめぐらしていると、イメージはからみあって、だから夢中になって、家に着くと、デイランの詩集を読み返したりした。

ところで、宮本さんは、かって暮らした夏が短い土地から遠く離れ、東京で暮らしている。その距離と過ぎ去った時間が、今は、故郷の光景を美しく描かせている。その代表的な作品「荷車にのって」は好きな歌で、その歌詞でも楽しい想像をさせてもらった。2連目に「あなた、青い草つみあげた荷車をひいて、小さな声でそっと歌う」という一節がある。あなたとは誰? 父親や恋人なら、黙って荷車をひいていた方がこの歌詞はより深いものになる。「そっと歌う」としたのはなぜ?

自然にそう書いてしまったのよ、と宮本さんは言うかもしれない。しかし、私には、赤いアコーディオンを弾いて、離れている故郷(あなた)に向かって宮本さんが懐かしさを込めて歌っているように思えた。アコーディオンと歌に合わせて、故郷もちいさな声でそっとくちずさむ。

育った土地に、他人に語れる想い出がある人は幸福だ。宮本さんは今、オホーツクの大地を愛し始めている。

「一本の樹のように」にこんな一節がある。

明日のために芽吹き 大きく枝をのばして
豊かに実をならせていよう
木枯らしにふるえる日は いさぎよく葉をおとし
痛みさえそのままに うけとめて

たとえ明日世界に終わりがくると知っても
豊かに実を生らせていよう
光と風と大地とめぐる季節と
胸の鼓動を信じて
まっすぐに 樹のように

荒涼とした風景の中で、緑に萌える季節を待って立っている一本の樹。樹は、そこに存在しているだけなのだが、いさぎよい。都市の中で暮らす憂鬱さを一切振り落とした歌詞がとても新鮮だ。

やさしいことばの、素直な意志表明。宮本さんの精神性の幹は太い。それは宮本さんの包容力のある資質から自然に出てきたもので、それを鍛えたりはぐくんだりしたのは、北の大地だが、そういうと彼女は快活に笑いとばして、まあ、そこで過ごしたことがあったってことだけどね、とでも言うだろう。

「LAST SONG」は、宮本さんにはめずらしくフイクションの気配が見えている作品で、私はこの歌と「そして船がゆく」は遠い国の出来事のような気がして、まだ馴染めないでいる。その理由のひとつはそんな風景の場所にかっていちども立ったことがない、ということだけれど、別に今、馴染む歌である必要などなく、いづれ、その歌に入る為の知識や経験や風景が入ってきた時に、身近な歌になっていくのだろう。

ところで、「Gloria」(神に栄光あれ)という歌について、宮本さんは「この歌が出来る前に、NHKのドキュメンタリー番組を見た。チェルノブイリ村で暮らす老人たちを取材したものだった」と創作の動機をホームページに書いている。私もその番組は見た。というのは、ずっとまえに朝日新聞に掲載された「汚染大地」というルポをもとにして「死んだら故郷の村に埋めとくれ」という歌詞をまとめたことがあったからだ。

沖縄出身の友人がレゲェの曲をつけてくれたが、まだステージでは誰も歌っていない。※

その歌を宮本さんに歌ってもらうことが、彼女との本当のつきあいの始まりになるかもしれない。

(岡本おさみ 作詞家 1999)

※「死んだら故郷の村に埋めとくれ」という作品は、その後、宮本尚が岡本おさみ氏の了解を得て再度曲をつけ、2003年以降、ステージでの演奏を行っています。
https://myspace.com/26156350/music/song/-.mp3-77023704-84903149

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そうかあ、「精神性の幹は太い」のか。じゃあ大丈夫。
まだ、がんばれる。今年は音楽、復帰します。
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SAPPRO REAL
「ごみ減量にもっと関心を持ってもらいたい層である若者をターゲットにした
新しいごみ減量啓発パンフレット」

real-top

http://www.city.sapporo.jp/seiso/gomi/sapporo_real/documents/real_all.pdf

ずっと前に、札幌市でつくったパンフレット。文章は私が書きました。
市民の委員のみなさんの思いをもとに、プリプレスセンターのみなさんといっしょにつくりました。

趣旨はここ。
http://www.city.sapporo.jp/seiso/GOMI/sapporo_real/index.html

この後、札幌市は、ごみ有料化したので、状況は少し改善したようです。
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1/2は、午後から、ついさっきまで、
久しぶりに時間を忘れてピアノの前にいた。
途中、「北海道エネルギーチェンジ100プロジェクト」Fbグループ
挨拶を考えたり、メールを書いたり、食事したりしながらだけど、
10時間は行き来していたかな。

手が全く、思うように動かなくなっている。
浮かんだ音がそのままピアノに移ってくれないし、
勝手に音を見つけてもくれない。
指は、音に向かって行っても、弱くなっていて、
とり落としてしまう。
でも、もともとそんなに上手くないし、
そんなに真面目に鍛えてもいないので、
多分、こうして弾いていれば感覚は戻る。
すっかりなまって、今は指先がじんじんしている。

声も、少し出はじめた。
ここ数年は、ずっと胸がつまった感じで、
昨年は、いつも過呼吸寸前、
声が内に向いてしまって、全然出なくなっていた。
曲のキーを相当下げないといけないかなと思っていたけど、
以前と同じキーで行けるかもしれない。
こちらも少しづつ。

曲が降ってくるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。
まあ、ゆっくりと、気を楽にして。

ピアノを弾いていると、機嫌が良くなってくる。
一人で奥の部屋にこもってニヤニヤしている。
体全体を使うので、快い疲れが残り、肩こりもとれる。

音楽をやることで、心身のバランスを保っていたことを
しみじみと実感する。
今年は、ピアノを弾こう。
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新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

このblogはずっと放置していましたが、
今年は、Facebookなどで書いたことをここに記録していこうと思います。

asahi

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大晦日。
今年もいろんなことがありました。

私は、今年は体調も良くなく、仕事もかなりペースが落ち、
まわりのみんなに助けてもらい、
どうにか一年を終わる事ができました。
自分の「弱さ」をさらけ出したときに、
自分のまわりで時間や思いをともにしてくれる人たちの心に
もう一度出会えた、そんな一年に感謝します。

今年は、特に、LEEのことで、たくさんの方にお世話になり、
実生活でも、Facebookでも
たくさんの励ましやいたわりをいただきました。
LEEが死んだ後も、友人たちだけでなく、仕事先でも、会議でも、
「だいじょうぶ?」という声をかけてもらいました。

人間より寿命の短い生き物ですから、いつかこの日は来ると思っていて、
心の準備は十分すぎるくらいしていたけれど、やっぱりつらかったです。
あの子はどこか「特別な猫」だった。
彼女を知っている友だちはみんな言うし、
これまで何匹か猫を飼ってきて、そう思っています。
人間と対話のなりたつ猫でした。
「飼い主が、猫の意志や主張をいつも尊重して
対話して育ててきたからでしょう」と言ってくれる人もいるけど、
それだけではなく、相当賢こかったんだろうと思います。
飼っていてもびっくりするようなことが多かった。
強烈に自己主張をし、人間の行動や感情を受け入れ、我慢もできる。
だから、何回もの引っ越しも、長い旅も、
背中に針を挿す点滴も、強制給餌も、厳しい治療も、
信頼関係は常にあって、苦楽をともにできました。
私は20年半、ずっと彼女と対話をしながら暮らしてきた。
いいパートナーでした。

直接のメッセージやメールもいただきました。
最近、猫や犬をなくした方、動物を飼っていて明日は我が身という方、
動物ではなく、身内の方をなくした方や介護をしている方からも。

最近はどうしていたかというと、
寂しさで泣き暮らしていたということはありませんでした。
精神の表側は大丈夫だと思ったんですけど、
何時に寝ても2時〜2時半くらいに目が覚めて、
その後全く眠れない状況に突入して、
日中はアタマの芯がぼんやりして、ズキズキ痛んでいました。
でも、ここ一週間くらい、少しずつ長く眠れるようになって、
慢性化していた疲れた感じや、肩こりもとれてきました。
やっぱり、時間がかかりますね。やっと大丈夫そうです。
この眠れない日々も、職場の同僚達や役員、会員の方、
仕事先の方、
ずいぶん気遣ってもらいました。

大晦日に、まず、感謝を伝えたいです。
ありがとうございました。
(2013.12.31)
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