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田原桂一というアーティストは、私にとっては特別な「日本人」のひとりだ。
あれは、もう20数年前。
ラフォーレ・ミュージアム赤坂で開催された
世紀末建築の写真の展覧会「ファン・ド・シエクル展」に行って、
その作品と、トークショウでそのひとに触れた。

あの時代の東京の空気と、
孤高という言葉がにあう、ひとりの「日本人」の姿が、
心に焼き付いて、以来ずっと、その人は私にとって特別なひとりであり続けている。

写真展の記憶は鮮明だ。
自分が来ていた服や靴、帰り道にすれ違った若い人の、
ふと耳に入った会話まで覚えている。
うっとりするのではなく、茫然とするのではなく、
覚醒した。そんな力があった。

あのころのことを思い出すと、連想のように思い出す、
もうひとりの「日本人」がいる。
倉俣史朗というアーティストのこと。

私はISSEI MIYAKEというアーティストが好きなのだけれど、
本当に好きになったのは、
もしかしたら、服のデザインにひかれたというよりも強く、
倉俣 史朗が作り上げた空間、
渋谷西武や、南青山のISSEI MIYAKE MEN
心が揺らぎながらメタルと光のかけらになって舞い上がり、
そして降り積もる、あの店舗のせいだったような気がする。

時が流れた。
時代は変わったし、自分の居場所も変わったけれど、
倉俣史朗とISSEI MIYAKE、
田原桂一と、もうひとり、田原桂一が撮ったYOUJI YAMAMOTOの世界
その4人が1980〜1990年代に描きだした世界の空気を
やけに深く呼吸した…時代との出会いを大切に思っている。

田原桂一
http://www.keiichi-tahara.com/

倉俣 史朗
http://e-daylight.jp/interior/designers/shiro-kuramata/

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